東武鉄道で行く両毛の旅 (中)両毛平野の諸都市をめぐる

西小泉駅に戻ってきて、次なる街を目指します。

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小泉線で館林方面に二駅戻った東小泉駅にて、すぐ対面に停車している赤城行の電車に乗り換え。
待たずに乗り換えられるのは便利ですが、そもそも両路線とも日中は1時間に1本しかないので、むしろこれをやってくれないと使い物にならないのだな。

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両毛地域にはそれほど規模の違わない小都市群が点在しており、その合間を田園風景が埋めています。
ブラジルタウン・大泉町もそうだったけど、各都市はそれなりの文化や産業を抱えており、見た目は田舎だけど、それほど田舎でもない。でも人口密度は高くないから、公共交通機関は採算をとるため不便になりがちで、車移動が基本になる。全部ひっくるめて濃尾平野とそっくりだなと思います。

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列車はほどなくして太田に到着。濃尾平野が擁するのがトヨタとすると、両毛平野が擁するのはスバルです。そして豊田市に対応するのがここ太田市となるわけ。人口約22万、群馬県第三の都市です。
太田は車窓観光にとどめておくことにしておきます。ものすごく寂れているとはとある知り合いの言ですが、真偽は定かではない。

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太田で伊勢崎線に乗り換えて10分余り走ると、今度は足利市駅に到着。いつの間に県境を越えたのやら、栃木県第四の都市である足利市の玄関駅です。
ここは駅から出てぶらぶらしてみましょうか。

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駅前を流るるは渡良瀬川。小学校の教科書にも載っている田中正造で有名な、かつて足尾鉱山の開発によって汚染されたあの渡良瀬川です。
この鉄橋を渡れば足利の市街地。

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風情ある一角に出る。
この足利という街、知名度のわりにかなり由緒のある所で。

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その理由が「足利学校」。少なくとも室町時代には栄えていたといわれる「日本最古の学校」であり、あのフランシスコ・ザビエルも記録にその存在をとどめているそうです。
ま、近代の国家的な教育制度以前においては、学びの場といえば宗教とも大きく絡んでいたわけで、そこで「学校」を定義することに意味があるのかは分からないけど…

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それはさておいても、「学校」なんて名前がついた門は日本にここぐらいしかないはずで、そういう意味では学校の中の学校、なのかもしれない。

あとは孔子像とか、徳川歴代将軍の位牌とかが置いてありましたね。

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公務員的にはむしろこういうものの方が目を引いたりしたり、ね。
将軍家に占いの結果を知らせた文書だそうですが、公印の押し方は200年経っても同じなのだな、と…。

現存する足利学校の建物は大抵が復元だったりして、推しまくってるわりには地味な感は拭えないのが正直なところ。が、懲りることなく地味スポット紹介を続けるとすれば、隣接する鑁阿寺(ばんなじ)も国宝指定の歴史あるお寺で味わいがありました。

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周囲は堀がめぐらされています。山門と橋が一体になって見えるのが面白い。

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本堂を参拝。ねこ氏よ、そんなところで寝るんじゃない。

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イチョウの幹も立派でした。秋はきれいなのかもしれない。

まあ地味地味とは書きましたが、足利学校とお寺周辺の建物にやたらオシャレでモダンな建築が目に付いたのは気になったし、ゆっくりできそうなお店も多かったので、ぶらりと散歩するにはもってこいの穴場なのかもしれません。

日も暮れてきたので、今回会う先輩の住む館林に戻る。
居酒屋で飲むために夜の館林市内をそこそこ歩いたりしたのですが、なんだこれは、こんなところで一人暮らししたら寂しすぎて死んでしまうのではないか。
きっと昼間訪れた大泉とか太田とか足利もどんぐりの背比べなんだろうけど、夜というのはまた印象がガラッと変わるわけで。
…東京も悪くないのかも?


☆11月19日にUPしました。