西武鉄道でめぐる北多摩の旅 (下)【国分寺市】武蔵野のいにしえを偲ぶ

西武遊園地駅から、西武多摩湖線国分寺に向かいます。ここからは再び東京都内です。

地図を見てもらえば分かりますが、この辺りはとかく西武〇〇線が多い。
これは現在の西武鉄道が、(旧)西武鉄道武蔵野鉄道という2つの系列の鉄道会社が合併して誕生していることに起因しています。

JR中央線が通る国分寺駅には、西武鉄道も2路線が発着していて、そのうちこれから乗るのが、武蔵野鉄道の系列に属する多摩湖線

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単線から複線になったり、また複線から単線に戻ったり。
多摩湖線は、もともと都市間輸送というよりは、かの堤康次郎が設立したデベロッパー・箱根土地(現・コクド)が現・小平市に造成した住宅地への連絡を目的として「多摩湖鉄道」として開通させた路線であって、何となくローカル線色が強い感じがします。

拝島線と連絡する荻山を経て、何の変哲もない住宅街にしか見えない小平市街を抜けていく。
ちなみに「一橋学園」駅を通りますが、ここには一橋大学はありません!

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終点の国分寺が近づいてきました。2棟のタワーマンションがそびえ立っています。
やっぱりJR中央線沿線の街は、格が一つ違う気がする。本日の旅程で初めて”東京らしい”街にやってきました。

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地域密着型の多摩湖線らしく、賑やかな商店街も視界に入る街角に滑り込む。

ちょっと国分寺の街を散策してみます。

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駅から南西方向に歩いていくと、思いの外、山あり谷あり。

ブラタモリ」ではないですが、ここでのポイントは「崖線(がいせん)」です。
関東ローム層と呼ばれる堆積層から成る武蔵野台地、その台地を多摩川がガガガっと削ることによってできた2段の段差のうち、上にある方がここ国分寺を通る「国分寺崖線」。

はい、地理学の基本のキ。
段丘のきわには何が起こる?

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段丘のきわには水が湧く!
水が豊富なところには集落が立地する!

いや、集落どころか「国分寺」が立地してしまいました。741年に、聖武天皇が置けって命じたやつ。

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写真の案内図において、うねうねしながら左右に延びている太線が国分寺崖線
そのすぐ南側に、正方形をした国分寺の伽藍跡が示されています。

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崖線一帯は今も雑木林に覆われていて、往年の武蔵野の風景を今もよく残しているんだとか。
写真奥は武蔵国分寺の資料館ですが既に閉館中でした。右手のカフェも気になりますが、また今度。

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少し南側に歩いて雑木林を抜けると、武蔵国分寺の伽藍跡に出ました。
石碑や看板、それに少しの基壇があるのみで、広々としています。というか、何もない。
遊びに来ている子供連れはいるけど、いたってのびのびとしていて、良いところ。

ただ、今後は建物の復元計画もあるようで、10年後には様変わりしているかもしれません。

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国分寺にはもう一か所、いにしえを偲ぶことができるスポットがあります。
この広い道、実はこの地下に、古代の幅15mの道路が埋まっていたそうなのです。…と言われても、全然ピンと来ないけど。

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一か所だけ路面(レプリカですが)を観察できる場所がありました。えらく中央がえぐれていますが、道の傾斜を緩やかにするために浅く掘り込んであるのだとか。

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いつしか中央線と武蔵野線の接続駅である西国分寺駅の近くまで来ていました。
国分寺のタワマンは遠方に。空が広い。
駅前にしても、この辺りは概して街が新しい印象を受けます。同じ武蔵野線の府中本町みたいに。

西国分寺駅から一駅、国分寺駅に戻る。

さて、ここからは周辺の西武なんとか線をすべて乗りつくして〆といたしましょう。
国分寺駅に来るときは多摩湖線を使いましたが、帰りは国分寺線に乗ってみます。

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街の一角に据え付けられたような多摩湖線ホームとは打って変わって、国分寺線のホームはJR線に並ぶ位置にある。
これもまた歴史的経緯に由来しています。ローカル輸送目的の多摩湖線とは対照的に、国分寺線は川越鉄道((旧)西武鉄道の前身)が、東京から川越への都市間輸送を目的として建設した路線。だから東京から八王子方面に向かう中央線(当時は甲武鉄道)からここ国分寺で分岐する形が採られたのです。

そんな過去を知った上で電車に揺られていると、なるほど多摩湖線に比べて線形もよく、快適に飛ばしている感じがする。

終着は東村山駅。なんとまあ、(上)で紹介した市にまた戻ってきました。

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もういっちょ、東村山駅で、同じ路盤上に縦列停車する西武園線の電車に乗り換え。
この西武園線はどこに行くのかというと、(中)でうろちょろした遊園地やら西武ドームやら、あの界隈の入り口まで走っているんですね。
これは(旧)西武鉄道武蔵野鉄道が、行楽地として開発されつつあった狭山丘陵へのアクセスを巡って競い合った名残です。

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で昔はそれこそ狭山湖近くまで路線が延びてたのだけど、全路線が同じ会社になった今となってはさすがに供給過剰で、この東村山からの路線は競輪場より向こうちょん切ってしまった。だから今は競輪場に行くための路線でしかない。

がらんとした構内だけど、これも競輪の日は人でごった返すのだろうか…。怪しい気もする。

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それでも西武遊園地駅までは歩ける距離。夜間営業で賑わう黄昏の遊園地を横目に、少しみじめな気持ちで歩いていく。

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すると数時間前に通ったばかりの駅がお出迎え、ということなのでした。
再び多摩湖線に乗って帰途へ…。
おしまい。

☆8月25日にUPしました。