西武鉄道でめぐる北多摩の旅 (上)【東村山市・清瀬市】のどかな風景と多磨全生園と

この週末は土日2日間で群馬に遊びに行く予定でした。
ところが、突如現れた台風12号のおかげで、土曜日は生憎の悪天候。
やむなく群馬行きはとりやめて、天気が回復した日曜日、毎度のごとく日帰り旅行に切り替え。

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まだまだ都内の未踏破自治体を巡るぜ…!
ということで、今日は武蔵野線で少し北の方にやってきました。

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新秋津駅。駅前は高い建物もなくさっぱりとしています。
多摩地域のそれも外れの街で見かける、この郊外然とした東京らしくない風情、好きではないけどなんとなく憎めなくなってきた…。

ここは東村山市の端。
都外の人間にはおおよそ知られていないような市町村がいくらでもある東京都。

新秋津駅に降り立ったのは、市内にあるとある施設が本日の第一目的地だからです。
まずはそこまで20分少々歩く。

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AOKIと畑と夏の空。

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街角。
いや、本当に東京らしくない。

住宅地でこそあれ、こんなのどかな風景が残る東村山。
かつては田畑が広がっていたというこの一帯に、明治後期、一つの施設がつくられます。

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聞こえるのはただ蝉の声のみ、夏の静寂さの中を進んでいくと、現れたのは「多磨全生園」。
そう、かつてハンセン病患者の隔離を目的として設置された療養施設です。
現在こそ隔離政策は廃止されていますが、施設で生活を続けている入所者もおり、未だ現役。

てっきり中には入れないものと思っていたのですが、居住棟の近く以外を徒歩または自転車で通過することは許されているようです。興味本位で訪れたことに若干引け目を感じつつも、居住者と思われる方たちがテニスをする横をおそるおそる進む。
雑木林に囲まれた舗装路。静寂は先ほどにもいっそう増して、平和な小世界を形作っている。けれどもその静けさは、確実に何者かを内包している静けさに思えて。

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木立の間を抜けると、国立ハンセン病資料館があります。ここらでハンセン病について一旦学び直してみようと。

こういう反差別系の施設はついついメッセージ性が強く前面に出がちですが、ここはハンセン病をめぐる歴史や収容所での生活実態などを丹念に紹介しており、勉強になります。
少し専門的なことを書けば、日本でのハンセン病患者に対する政策の変遷が、そのままフーコーが描き出している近代西欧諸国における健康政策の発展史と重なっていて、フーコーの慧眼ぶりに感服。まさに生権力としての権力像がそこには表れています。加えて「健康は身のため国のため」の1930年内務省発行ポスターを持ち出せば、もう付言すべきことは何もない。
まあそんな思想分野の話は抜きにしても、単に差別や人権侵害の問題としてのみならず、国家が犯した重大な誤りの一つとしてハンセン病隔離政策を捉えておくことは、とても重要なことであると思います。
辺鄙な場所に立地していますが、是非訪れてみてください。

旅は次のラウンドへと移ります。
西武バスで清瀬市の玄関口、西武池袋線清瀬駅へと移動。窓の外には医療機関や研究機関が次々と姿を見せます。

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さて、清瀬駅に到着。
ここの駅前も東京らしくない、ありふれた郊外の小都市の風情を漂わせています。

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地元民的にもネタがないのか、「清瀬で青少年時代を過ごした」らしい是枝監督を祝うポスタ―が堂々と駅前に掲げられています。
うん、ここはいいや(笑)さっさと次の街へ向かってしまおう。
清瀬市の皆さんごめんなさい!)


続く