マニラ旅行記 〔3-1〕スラムで考える

 マニラ3日目。
 この日の午前中は、とある現地のNGOが主催する、スラム街でのスタディー・ツアーに参加してきました。

 ツアーはフィリピン人女性が案内役で、参加者はドイツ人の夫婦(カップル?)1組と、アメリカ人のバックパッカー、そして日本人の僕という構成。
 流暢な英語を話す3人に囲まれ、試される英会話力!
 応答に詰まる僕!
 …それでも話の7割ぐらいは何とか聞き取り、スラムについて学んで来ることができました。

 ジプニーとトライシクルを乗り継ぎ、辿り着いたのはマニラ旧市街の西側、マニラ湾沿いに位置するバセコ(Baseco)地区。

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写真撮影は厳禁とされていたため、Google様に拝借することとして、雰囲気でも知って頂けたらなと思います。

 いま写真を見返してみて、ふっと想起するのがまず匂い。あの時は慣れてしまって意識してなかったけど、辺りにはゴミ捨て場のような強烈な匂いが漂っていたはずです。

 近代的なコンテナ埠頭を対岸に臨む海沿いには、簡易なつくりの家々に挟まれた、二人がすれ違えるぐらいの幅のメイン・ストリート。
やたら野良犬が寝ているその道を進んで行くと、この地の人たちの生活を垣間見ることができました。

実際にスラムに入りこむことの意味

 スラムに行ったら、やっぱりひと目見るだけで衝撃受けるかなーと思っていたんですよ。行く前は。でも、実際に行ったら、意外とすんなり馴染んでしまう感覚がありました。ショックを受けない自分は感受性が欠如しているんじゃと心配したほど。
 でも、あとから考えてみれば、ショックを受けなかったっていうのは、自分との近さを感じた故だったと思うんです。つまり、当たり前なんだけど、スラムの住人たちも自分と同じように日々生活を送っているんだなっていう感覚。
 スラムと聞けば、豊かな生活に慣れた日本人は、ついつい机上の知識だけを元に、悲壮感とか、荒廃感だとか、そういうものに満ちた世界をつい連想してしまいそうになるし、仮にそういう空気で満ちた世界に直面すれば、きっと外部の人間である僕らは、あまりにも明快な「ショック」を感じていたのだろうけど、それは同時にスラムを自分とは別の世界、彼岸のものとして認識させてしまう恐れをも孕んでいるわけです。
 でも実際は、そこまで悲惨な世界ではない。確かに以下で述べるように、ここには深刻な問題があるのは事実だけど、それでも人々は明るく生きている。本を読んで勉強するだけじゃなくて、実際にスラムに入りこむことには、まずは自分と同じ生活者の感覚で、スラムの実情を引き受けることを可能にする、そんな意味があるのだろうなと思いました。まあ何事においてもそうだよね。現場主義で行こう。

想像不可能な格差の全体像

 日本における所得格差って、ある程度まだ想像がつく範囲にある気がしませんか。離婚やリストラによって生活に困窮したり、逆に急に起業が成功してお金持ちになったりというような、所得階層間での移動がどう起こるのか、何となく想像がつきます。さすがに「一億総中流」の時代でこそなくなったとはいえ、日本における格差は、一個人の視点からみて、その人の努力や行政の支援、社会関係資本や運などいくつかの要素が重なれば、ある程度乗り越えられる範囲に辛うじて収まっているように見えます。
 ところが、フィリピンの場合、あまりにも貧富の差がデカすぎて、スラムで暮らす人々がいるという事実と、超高層ビルに住む富裕層がいるという事実、この2つの事実をどう整合性をもって理解したらいいのか、全く分からないのです。そこに、厳然として格差は在るのです。それは、個人の力程度では容易には打ち破ることのできない、堅固な「構造」のようです。
 例えば。驚いたことに、スラムにはコンピューターが何台も据え付けられているお店がいくつもあります。いわばネットカフェです。トイレすらまともに整備されてない環境に、です。利用料金は1ペソ(約2円)で5分間。ここでゲームをプレイするために、子供たちは怪我の危険を侵してゴミ捨て場を漁り、安価で売れるプラスチックを集めるのだといいます。
 このネットカフェのオーナーは、スラムには住んでいません。デジタル・ディバイドの解消には一役買っているのかもしれませんが、スラムを食い物にした一種の貧困ビジネスのように見えてしまうのもまた事実です。固定化されたスラム内/外の格差を前提にカネが動いています。
 さらに、格差はスラムの内部にも存在します。典型的なものが電気や水道といったインフラです。水道料金とパイプ代(これがまた重い負担なんだそう)を払って水道を利用できる人たち、その人たちがポリタンクに貯めた水を買うしか無い人たち、黄色い井戸水を汲んで飲み水にする子供たち…
 ここまで粛然として在る格差。これでもまだ、レッセ・フェールと叫べるか。

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井戸やゴミ捨て場がある海岸。ごみ収集車は週2回しか来ないんだそう。

英語の切実さ

 スラムの一角には、子どもたちが英語を学ぶためのちょっとした図書館があります。中に入ると、5,6歳ぐらいの女の子たちが"Hello!""What's your name?"とはにかみながら話しかけてきて可愛い。
 ごく普通に旅行している限り、マニラでは英語が当たり前に通じるし、街中でもタガログ語より英語の方が目立つほどです。しかし、英語が当たり前に通じるということは、裏を返せば、フィリピンで働いていくにはそれだけ英語が重要なスキルであるということ。世界的にみても、フィリピンはビジネス英語の水準がかなり高い国として知られているようです。とすれば、英語力が将来の所得水準を大きく左右するといっても過言ではないわけで、スラムで英語教育が重視されている理由がよく分かります。
 ううむ、そう考えると、日本人が英語できないのも当たり前のような気がしてきました。だって切実さが違いすぎるもんな…。

無邪気な子供たち

 スラムの子供たち、なぜ"異端者"であるはずのツアー客に対してあんなにも人懐っこいんでしょうか。特に白人は大人気。一方メガネのジャパニーズはといえば、海を指差して"Swim!"とおちょくられる始末。
 ドイツ人二人は「お金かな」と話してましたが、そうとも言い切れない気もします。直感的に、だけど。あえて例えるなら、来日した象を江戸時代の庶民がこぞって見に行く、そんな感覚とあんまり変わらないんじゃないかな。
 英語で喋ってた男の子が突然何を言っているのか分からなくなったので戸惑っていると、例のアメリカ人が「彼(僕のこと)はタガログ語が分からないんだよ」と助けてくれる。タガログ語で"How are you?"と言っていたんだとか。というか、バックパッカーの身ながら基本的なタガログ語表現を習得してるアメリカ人に感服。聞くところによると、ずっと世界を回っていて、次は日本に行くつもりなんだとか。いいなあ…。
 それはともかくとして、やっぱり現地の母国語表現は少し覚えて行った方が、コミュニケーションが膨らんで楽しいかもね。僕も現地の人に「日本語分かるぜ!」ってアピールされると嬉しいし。

 ツアーは3時間で終了。印象深かったことをトピックごとにまとめて書いてみましたが、いちばん大きな課題として突きつけられたのは、やはり貧困をめぐる問題。
 なぜここまでの貧富の差が生まれたのか?人々の幸福のためには経済成長と格差是正、どちらを優先すべきなのか?日本においてはどうか?僕自身はどう向き合っていくべきなのか?何をすべきなのか?…。
 これはまだ感想文にすぎない。とりあえずアマルティア・センあたり読んでみなくちゃいけないのかもしれない。いや、勉強すれば済むという話でもないのだが。


(続く)