東濃で木曽川を辿る旅―苗木城と恵那峡と(後編)

木曽川のほとり、苗木城の大手門まで下山してきました。

ここからは中津川駅まで平坦な道を歩いていきます。
森のきわに敷かれた道を、川の音に沿って歩く。

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おや、この橋脚は…
これも北恵那鉄道廃線跡に違いない…!

北恵那鉄道は中津川駅と、中津川の市街からみて北部に位置する付知町(現在は中津川市と合併)を結んでいた鉄道です。1978年に廃止されています。

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年代物のレンガと錆びた橋桁、木々の緑との調和がなんとも美しい。
これは廃線跡巡りに憑りつかれる人がいるのも分かります。

中津川駅方面の道は、ほどなくすると視界が広がり、木曽川沿いに開けた段丘地帯へ。辺りには田畑や集落が広がります。
そして、かつての北恵那鉄道も、この集落を経由して中津川駅に向かっていたはず。

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道沿いにこんなものがありました。
「休止のお知らせ」。どうやら恵那峡方面に向かう観光船「奥恵那峡下り」の乗り場がここにあったようです。
窓ガラスを覗くと、往時の時刻表や乗船案内がそのまま残っていました。

脇の小道を降りてみます。

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割れたコンクリートが意味ありげに残る川岸。

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上流を見やれば、先ほど苗木山上から見下ろした、北恵那鉄道の木曽川橋梁がでんと構えています。
ということは、中津川駅のある木曽川左岸から渡ってきた鉄路が、苗木城のある右岸に取り付くのもこの辺り…。

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となれば、奥恵那峡下りの建物のすぐ隣の盛り土、これがおそらく北恵那鉄道線が右岸に上陸したところの路盤でしょう。

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そして、この道路のようにカーブを描き、苗木駅方面に向かって行ったはず。

この近辺には恵那峡口駅が設置され、川下りの乗客の便宜が図られていたようですが、それはもはや昔のお話。往時の観光産業を支えたであろう施設群も、今はただ、どこにでもある田舎の風景の中に溶け込みつつありました。

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北恵那鉄道の橋脚のすぐ上流には、県道の玉蔵大橋が架かっています。
ここを渡れば、中津川駅ももうすぐそこです。

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玉蔵大橋の上から、苗木城(写真右の山)方面を振り返る。

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こうやって景色を見ながら、今のような鉄橋がまだなかった時代に思いを馳せると、木曽川がまるで国境のように思えてきます。
大河の向こう側が、中津川の街と完全に隔てられたかつての苗木藩の領地。川沿いにそびえ立つ苗木城は、藩内を優しく見守る守護者のよう。

わずか1万石の小藩ながら幕末まで存続した理由が、何となくわかるような気がしました。

 

中津川で遅めの昼食を済ませたのち、今日2つ目の目的地を目指します。
JR中央線で約10分、恵那駅へ。

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東海地方ではそこそこ名の知られた景勝地恵那峡を目指します。
中津川で苗木城を掠めて下ってきた木曽川が、ちょうど恵那市内に入る所で大井ダムというダムによって堰き止められてできた、人工の峡谷です。

利用したのは東濃鉄道(株)の路線バス。鉄道と名はついてますが、やはり廃止されていて現存しません。この辺りはわりかし廃線が多い。

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最終的に乗客が僕一人となったバスで降り立った恵那峡
土産物屋や旅館が並び立っていますが、辺りは至って閑散としています。遊覧船乗り場から響くJ-POPが却って寂寞感を引き立てる。

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対岸には恵那峡ワンダーランドの観覧車。
幼少期から名古屋に住んでるけど、行ったという話を一度も聞いたことが無いな…。

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遊覧船が上流から戻ってきました。そこそこお客さんは乗ってるみたい。

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それにしても、こういうものはさっさと片づけた方がいいと思うんだ…。
かつては木曽川両岸を結ぶ形でロープウェイが運行していたようなのですが、2000年から休止(事実上廃止)となっています。十中八九その案内でしょう。

全体的にどうしても寂れている感が拭えない恵那峡でしたが、紅葉のシーズンは賑わうと信じたい…!

日没までにはまだ時間がありますが、他に特に行くべき場所も思いつかないのでこれにて今日の行程は終了です。

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帰りの快速列車は、かつては座席指定料金が必要な「セントラルライナー」として運行されていた313系8000番台でした。
ドアの横にささやかな仕切りがあったりして、ちょっとだけ贅沢感。心地よい眠りとともに名古屋までの1時間を過ごすことができました。

☆9月12日にUPしました。