マニラ旅行記 〔3-2/4〕旧市街地めぐり、そして帰国

この日午後の部は、マニラの旧市街であるイントラムロスを中心に市内観光と洒落込んできました。

これまでマカティなど、マニラの現代的な風景はカメラに収めてきたけど、東南アジアらしい活気溢れる市井の様子についてはまだスナップできていない。
そこでこの日は、観光客として目をつけられるリスクを覚悟しつつ、積極的にシャッターを切っていきました。

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時間は前後しますが、こちらはケソン(Quezon)市Katipunan駅近くの朝の通勤風景。
歩道が不完全にしか整備されていないので人が溢れかえっています。車道はというと、大量のバイクに、ひっきりなしに走り去ってゆくジプニー。

時刻は7時半頃。マニラの交通網の貧弱さは通勤ラッシュの時間帯にもなると本当に深刻で、始発から2駅目だったからまだ何とか乗れたものの、これでもう車内はギュウギュウ詰め、途中駅からの乗車は困難を極めます。道路も酷くて、聞くところによると通常30分で行けるところが朝晩だと2,3時間かかるのが常だとか。
とりあえず電車の運行頻度をもっと詰めておくれ!こんだけ混んでて7,8分来ないのはおかしいよ!

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マニラ旅行記 〔3-1〕スラムで考える

 マニラ3日目。
 この日の午前中は、とある現地のNGOが主催する、スラム街でのスタディー・ツアーに参加してきました。

 ツアーはフィリピン人女性が案内役で、参加者はドイツ人の夫婦(カップル?)1組と、アメリカ人のバックパッカー、そして日本人の僕という構成。
 流暢な英語を話す3人に囲まれ、試される英会話力!
 応答に詰まる僕!
 …それでも話の7割ぐらいは何とか聞き取り、スラムについて学んで来ることができました。

 ジプニーとトライシクルを乗り継ぎ、辿り着いたのはマニラ旧市街の西側、マニラ湾沿いに位置するバセコ(Baseco)地区。

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写真撮影は厳禁とされていたため、Google様に拝借することとして、雰囲気でも知って頂けたらなと思います。

 いま写真を見返してみて、ふっと想起するのがまず匂い。あの時は慣れてしまって意識してなかったけど、辺りにはゴミ捨て場のような強烈な匂いが漂っていたはずです。

 近代的なコンテナ埠頭を対岸に臨む海沿いには、簡易なつくりの家々に挟まれた、二人がすれ違えるぐらいの幅のメイン・ストリート。
やたら野良犬が寝ているその道を進んで行くと、この地の人たちの生活を垣間見ることができました。

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マニラ旅行記 〔2-3〕新都心マカティ探訪

さて、16時にマニラの港に放り出されたわけですが、泊まらせてもらっている後輩氏は夜遅くまで家に戻らないという。

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とりあえず、フェリーターミナルの近くにある巨大なショッピングモール「SMモール・オブ・アジア」を歩いてみたり。
入り口で警備員が荷物検査している他は、やっぱり日本のイオンモールと同じようなものです。

電子機器エリアを覗いてみると、もっとも目立つのはSamsung、次いでLG、Huawei等々中韓のメーカー。その次にやっとSONYCanonNikonあたりが出てくる感じです。これが現状か…。

そろそろ動きましょうか。
このあとは、比較的治安のよいマカティ(Makati)地区に移動し、そこで夜まで過ごすことにします。
マニラの新都心と呼ばれるエリアです。

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マニラ旅行記 〔2-2〕日本人、戦跡コレヒドールに立つ(後編)

今度は島の北部にあるビーチへやってきました。

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ここは1942年の日本侵攻時、当時アメリカ極東陸軍司令官だったマッカーサーが、もはや日本軍の手に落ちる寸前だったコレヒドール島から脱出した場所。
その後マッカーサーはオーストラリアに行き、有名な"I shall return"の演説をすることになります。

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マニラ旅行記 〔2-1〕日本人、戦跡コレヒドールに立つ(前編)

 旅行記ですが、今回は至って真面目なお話。

 「東南アジア」と聞いた時に、このことを自然と想起する日本人は今時もうあまりいないように思うのですが、70年余り前、東南アジア各地に多数の日本人がいた時期がありました。
 そう、太平洋戦争の時期です。ASEAN諸国の中に、日本軍が進軍しなかった地域は一国たりともありません。そこには確実に日本人がいて、日本との深い関わりがあったのです。
 この事実をもっと噛みしめるべきではないかというのが、例えば大岡昇平『野火』なんかを読むにつれ、徐々に募ってきた思いであり、考えてきたことでした。

 今回、フィリピンに足を向けたのも、1つにはそのことが理由になっています。そういう経緯があるので、旅行2日目にあたる今日のメインは、マニラの沖合いに浮かぶ島、コレヒドール島のツアーへの参加。
 コレヒドール島は、太平洋戦争の戦跡が残っていることで知られる島です。フィリピンの首都マニラは、マニラ湾のいちばん奥まったところに位置していますが、このマニラ湾の湾口にあたるところに浮かんでいるのがコレヒドール島。となれば、首都を攻略・防御するに際し、この地が軍事的にきわめて重要な拠点となることは明白なわけだ。

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マニラ旅行記 〔1〕フィリピンとの出会い

2年ぶり、人生で3度目の海外旅行!
行き先は…フィリピン!
後輩が首都マニラの大学に留学しているので、ひとっ飛びして遊びに行ってみることにしました。

東日本大震災から7年目を迎えた3月11日。朝に名古屋を出て、18きっぷ関空へ。
国際線に乗るときは空港に早く着きすぎて暇を持て余すのが常でしたが、今回は空港内のお店で道草を食う暇もないほどのスケジュールに。
だんだん締切時間ギリギリになってくる。悪い癖。

飛行機も流石に慣れてきました。12時40分発のJetstarで一路マニラへ!
機上からの眺めはいつ見ても良いものです。今日は日本列島に沿って飛んでゆくルート、高度もあるので小気味よいテンポで各地域を見下ろしていくことができます。
そのうちに東シナ海に抜け、あとはひたすらに海上が続く。

そして約4時間後…

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フィリピンの国土だ…!
ルソン島北部の山岳地帯でしょうか。すごい、日本の中山間地域と違って谷間に全く集落らしきものがみえず、どこもかしこも緑に覆われているので、違和感満載。

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私的富岳百景

広重の富士は八十五度…ではないが、富士山を見に行くことにした。
名古屋の八畳にこもって依存症の如くタイムラインを眺めていたら、そこには東国へ向かう後輩たちが東海道線の車内から切り取った綺麗な富士。折しも明日は快晴の予報、ちょうど鬱屈した気分が募りつつある時でもあったし、思い切って出かけることに。

名古屋駅7時45分発の豊橋行きで一路東に。
うたた寝を挟みつつ乗り慣れた行路をゆく。

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初めて富士がその山容を現したのは焼津駅でした。
いいねえ!
電車でも車でも幾度となく行き来したルートだけど、富士山直下からですらろくに見れないことが殆どだから、これだけ遠方から姿を認めたのは初めてかも。
これでまず、天候は狙い通り!

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