道北の旅 (5-1)五里霧中のトレッキング

礼文島で迎える5日目の朝。
外は相変わらずどんよりとしている。

宿のおやじさんに送迎してもらって、ふたたび香深フェリーターミナル。
小雨が降る。
まるで24時間前にタイムスリップしたみたいだな。

今日の午前中は島の南部をトレッキングする予定。景色には期待できませんが、昨日のスコトン岬ほど荒れてはいないし、まあ歩き通すことぐらいはできるかなと。
…これは間違った判断でした。

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バスで知床の集落まで向かい、「桃岩展望台コース」を意気揚々と歩きだす。
いやあ、ガスりすぎでしょ!
清々しいほどなんにもみえぬ。

それでも、まだこんな広々とした道を歩いているうちはよかった。

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道北の旅 (4)さいはての礼文島

4日目。
昨日をもって、ついに最北端である宗谷岬の制覇を果たすことができました。

…けれどもここ宗谷地方には、交通アクセスの不便さという意味ではさらなる「果て」ともいえる離島が存在します。
利尻島礼文島という宗谷地方の二つの島。
この両島を訪れるのが、この旅行で残された3日間におけるミッションです。

稚内港6時20分発、まずは礼文島・香深(かふか)行のフェリーに乗船。

本日気掛かりなのが天候。礼文島ではトレッキングをする予定なので、曇りというだけでもテンションがた落ちだし、ましてや雨なんか降られたらどうすりゃいいんだ…。

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ノシャップ岬をまわって行くと、西側にはどんよりとした雲が立ち込めている。文字通り先行きが暗い。

そして案の定、船は完全なる曇天の中へ…。

礼文島に着いたはいいものの、どん曇りどころか霧雨まで降っています。
遠路はるばるここまで来たのに運が悪いと、半ば憂鬱になりながらとりあえず港近くのカフェで一服。
離島でカフェが朝から営業してるだけでも救い。

香深の集落をぶらりと見て回った後、宿の送迎車で礼文島の北端、スコトン岬を目指します。
いつしか止んでいた雨は、ふたたび降りだす。あれれ、風までも強くなってきた…!?

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道北の旅 (3-2)稚内と2つの岬

13時20分発、音威子府行の路線バスに乗車。
目指すはもちろん、日本最北端の地である宗谷岬

…待てよ、日本の最北端って、一応公式には択捉島なんじゃないか…?とここで、この地を訪れた者なら誰しも気づきそうな真理に、僕自身も行きついてしまう。
ということで、「日本が実効支配する領域において最北端の地」に訂正しときましょうかね。まあいいんだよそんなことは。

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観光客を満載したバスは、風車が並ぶ宗谷丘陵へと向かう。
もっとも、「乗り鉄」が趣味でもう何回も日本一周をしているというおばあちゃんと話をしていたので、スナップ程度にシャッターを切っただけですが。てっきり地元の方に見えたので、学生ばりに乗り詰めの行程表を見せてもらった時には心底驚いたよ。

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道北の旅 (3-1)列車は最北端を目指して

再び北を目指すことにします。
名寄7時52分の稚内行に乗車。

旭川を起点とする宗谷本線は、全長259.4kmの路線。このうち名寄までの76kmは昨日走破済みですが、残る200km弱を、普通列車で4時間近くかけて北上していくことになります。

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北海道の鉄道旅の楽しみの一つが、道中さまざまな姿を見せてくれる駅たち。
このひび割れた貨車が待合室だなんて、東京育ちのお嬢様がみたら卒倒してしまいそうですが。

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道北の旅 (2)鉄路を辿って名寄へ

札幌、朝5時台の起床。
時間の限られた社会人の身、北海道入りする時は飛行機などという”チート”を使ってしまったけれど、ここからは陸路で少しずつ北へと歩みを進めていこうかと思います。

18きっぷ」を急いで買って、札幌6時39分発、札沼線石狩当別行に乗車。
今日も天気があまりよろしくないな…。

 石狩当別までの札沼線は、なんの変哲もない都市近郊路線。数年前に電化されており、朝夕は20分間隔を確保。
けれども石狩当別の次の北海道医療大学前駅からは、1日の列車本数がわずか8本、非電化・単線の典型的なローカル線と、その性格が極端に変わります。

 

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石狩当別で2両編成の新十津川ディーゼルカーに乗り換える。

来年3月末に廃止が予定されているので、土日は鉄道ファンが殺到しているのかと構えていたけれど、そこそこゆとりがあって一安心。

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道北の旅 (1)北海道の始まりは札幌から

わざわざ旅行記をネットに上げている程には旅行好きを標榜しているのに、忙しい社会人の身。気が付いたら1か月、また1か月と時間が過ぎていき、「最近どこ行ったの?」なんて聞かれても、「ええと」あれれ…。
これではいけない、どかんと休みを取って、思いっきり遠くに!

ってことで、新千歳空港までひとっ飛びしよう。
8年ぶり、人生2度目の北海道に。

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どーん!

8年前は、行きは寝台特急と鈍行列車をひたすら乗り継いで、帰りはフェリーでのろのろと帰ってきていたので、飛行機で北の大地へと向かうことは初めて。
いや、流石に速いね。
成田空港までのスカイライナーもぶっ飛ばしてたけど、やっぱり飛行機は速い。ひと眠りしたらもう着陸態勢に入るとのアナウンスが流れていました。

それにしても、成田空港から離陸した飛行機がいちどは進路を南に向けつつ、ぐるっとループしてから北に進路を取るのは面白い。横田空域の関係かな。

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「プラットフォームとしての行政」?

プラットフォームとしての行政。
どこかで聞いたことのある、そんな言葉がぽんと頭に浮かんできた。
けれどもこの言葉でググっても、書いてあることはなんだかよく分からないから、とりあえず脇に置いておく。

おそらくウェーバーが言ってたのもこんなことだったと思うのだけど、法の支配のもとでの官僚制というのは第一に形式合理性を担保できるようにできていて、
すなわち形式的なチェックを幾重にも重ねることによって、公平性や公正性が歪められることがないようになっていて、
それ自体は公的部門が何かを行うにあたってとても大切なことだと思う。

けれどもこの形式的チェックがあまりにも頑強すぎるゆえに、時代の急速な変化に追いつけていないというのはこれまた頻繁に言われることであって。
さまざまな社会課題に対応すべく、行政活動はどんどんと肥大化していくけれど、その内実はちぐはぐだったりすることも少なくない。現場で本質的に必要とされていること、求められていることを感じ取って、施策に変換する「感度」は、これは経験則であるが、残念ながら低いように思う。これはやはり、行政が形式的なチェックを得意分野とするシステムとして発展してきたこと、この裏返しなのだと思う。
であるからこそ、ではこういった「感度」の高いNPO法人のような民間セクターに「公」部門を一定程度任せてしまおう、そういう発想も出てきた。いわゆる「新しい公共」論というもの。
では、これこそが正解なのか。

自分は、正面切って賛成、とはいえない。
なぜなら「新しい公共」という言葉は、「小さな政府」を標榜する新自由主義的な文脈でしばしば用いられてきたからだ。
新自由主義的立場は、民間セクターが自由に利潤を追求する方が結果的に社会にとって高い効用が得られるとして、行政に対しては「手を出すな、引っ込んでおれ!」と言明する。
しかし、経済学的な視点だけで話を済ませてはいけないはずなのだ。行政には、さまざまな社会問題を解決する責任があるはずだ。たぶん、アマルティア・センが言っているようなことに近い。細かいことは忘れたけど。

だから、相も変わらず行政は社会の諸問題に関わり続けなければならない。その上で、行政と民間セクター、上手い役割分担の方法があるような気がする。その象徴的なイメージの一つが「プラットフォームとしての行政」なのかもしれない。主権者による政治的意思決定に基づく立法と、現場における執行のはざまを上手くつなげる役割。公平性や公正性のチェック機能を果たしつつ、現場で力を発揮する民間セクターを支える役割。現場の声を専門的知見として収集し、政治の場に判断材料として提供する役割…
そんなところなのかどうなのか、具体的な話に落とし込めば落とし込むほどこれが正解なのか自信がなくなってくるけれど。
以上深夜の書きなぐり。